100年経っても変わらない自信のなさ
私たちは、自信を持つことが出来ません。
どうしたのでしょう。
私たちは、決して怠けてなど居りません。
無頼 の生活もして居りません。ひそかに読書もしている筈であります。
けれども、努力と共に、いよいよ自信がなくなります。
私たちは、その原因をあれこれと指摘し、
罪を社会に転嫁するような事も致しません。私たちは、この世紀の姿を、
この世紀のままで素直に肯定したいのであります。みんな卑屈であります。
みんな日和見 主義であります。みんな「臆病な苦労」をしています。
けれども、私たちは、それを決定的な汚点だとは、ちっとも思いません。
どうでしょうか。
この文章は太宰治が1940年に書いたものなんです。
現在これを書いているのは、2019年。
だいたい80年前の文章です。
80年たっても世の中の悩みは少しも変わっていません。
80年前からすると、すさまじい技術発達です。
それなのに、・・・です。
80年前の文章だと思いますか?
僕は太宰治が現世にいて、これを書きましたと言っても信じます。
根本的には何も世の中は変わってないじゃないかと思うんのです。
皆口をそろえて【日本は豊かになった】と言いますよね。
本当なんですか?
おかしすぎる。
しょーいち